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神戸地方裁判所 昭和28年(ワ)514号 判決

原告 高木俊太郎

被告 木村勝太郎 外一名

主文

原告に対し

被告木村勝太郎は金五万九千五百円及びこれに対する昭和二十八年六月二十七日から、

被告国は金六万二千五百円及びこれに対する昭和二十八年六月二十五日から、

夫々支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払わねばならない。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告が被告等に対し各金二万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告は、主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告は宅地建物取引の仲介を業とする所謂宅地建物取引業者であるが、昭和二十七年三月頃、被告国の官署である神戸営林署から、その倉庫建築の用地として神戸市内の貨物駅に近接した適当なる土地を買受けたいから、その売買の仲介をして欲しい旨依頼を受けたそこで原告は右委任に基き、長い月日と多くの労力費用を掛けて前記希望条件に適合する土地を諸所に物色した末、その候補地として四ケ所を選び、営林署員を各現場に案内して検分を受けた結果、漸くその内の一箇所で、原告が被告木村勝太郎から売却の周旋を委任された同人所有の別紙目録〈省略〉記載の土地(以下本件土地と称する。)が適当とされるに至つた。よつて、右土地について原告の仲介斡旋を経て、神戸営林署と被告木村との間に、昭和二十七年十二月二十五日代金百二十五万円余で売買契約が成立し、これに基き、同月二十六日その所有権移転登記を経由し、且つ金員の授受を終えた。しかして、兵庫県宅地建物取引業界に於ては、昭和二十八年三月二十四日兵庫県告示第百十号を以て定められた報酬に関する歩合が、同告示の施行された昭和二十八年四月一日以前から商慣習として在るので、原告はこの慣習に基き、右売買の当事者である神戸営林署すなわち被告国と被告木村との双方から、夫々売買代金の百分の五に相当する金六万二千五百円宛を報酬金として受け得る筋合である。しかし、被告木村からは現に金三千円を預つているので、これを報酬金の一部に充当することゝして、被告木村よりは金五万九千五百円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十八年六月二十七日から、被告国より金六万二千五百円及びこれに対する前記同様の日である昭和二十八年六月二十五日から、夫々支払ずみに至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、被告両名の主張事実に対する答弁として、

「一、原告は本件土地の売買を周旋するについて、訴外高田養治を介して被告木村より土地売却の仲介を依頼せられたもので、その際高田は被告木村に対し原告が宅地建物の取引業者である旨を告げて紹介し、同被告もこれを承認し、否むしろ仲介業者であるがために原告に売却の周旋を依頼したものである。従つて、被告木村は原告が営業として本件仲介行為をなしたことを熟知している。また、原告は昭和元年以来引続き前記取引業を営んで来たもので、斯様な業者は宅地建物取引業法の施行後、同法所定の登録を要するに至つたけれども、被告等より本件取引の仲介を依頼されたのは同法施行以前のことであるから、その周旋について登録の有無は問題にならない。

二、原告は被告木村に対し、県農業会が苗木及び丸太の置場として土地を求めているからとの理由で、本件土地売却の周旋に当つたことはなく、初めから、神戸営林署が相手方であることを示して、被告木村の承諾を得たものである。その折、同被告から本件土地の価格は坪金三千円にしたいとの申出があつたけれども、原告は右金額では多少高い故、坪金二千八百円位を相当と考える旨提議し、結局被告木村もこれに同調して売却を依頼したのである。原告は右依頼に基き神戸営林署に対し交渉したところ、営林署側では、本件土地をその隣地百二十坪と共に購入する時は、予算額を遥かに超過し、改めて本省の許可を得なければならぬと言うので、已むなく隣地を除き本件土地のみを売買することに意見の一致を見た。なお幾分か予算を超えるため、この点につき本省の許可を求めたが、許可の降りるまで、原告は殆んど三日置き位に営林署に出頭して成行を伺い、且つ契約成立の促進に努めたのである。

三、宅地建物取引業界に於ては、仲介業者がその取引の完了まで終始関与することなく、一応売買交渉の過程に与つた事実があれば売買当事者が、その途中で仲介人を除き直接契約を結んだとしても仲介の労に対する報酬を請求し得る慣行がある。蓋し、悪質なる依頼者は往々にして、その報酬の支払を免れんとして、故意にその中途に於て直接に契約を締結することがあり、かゝる場合に、若し仲介人が手数料の支払を求め得ないとすれば、その周旋の労は、何等報はれるところなきに帰するからである。

四、被告木村からは、前述のように金三千円を受領しているが、これは報酬金の一部として受取つたもので、これに依り、一切の報酬請求権が消滅したものではない。むしろ、右事実は、被告木村に於て、原告に対する手数料支払義務のあるのを認めたことを雄弁に物語るに過ぎない。

五、当初、被告国(神戸営林署)から、本件土地売買の仲介手数料は、売渡人に対してのみ請求し、買受人たる被告国には要求しないようにとの申出がなされたが、原告はこれに同意していない。」と述べた。〈立証省略〉

被告木村訴訟代理人及び被告国指定代理人は何れも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張事実の中、当初、被告木村が原告に対し同被告の所有に係る本件土地の売却周旋を依頼したこと及び被告国(神戸営林署)も原告に対し、その貯炭庫敷地用地の買受の仲介斡旋を委任したこと並にその後、被告木村と被告国との間には、原告主張の日に本件土地の売買契約が成立し、且つその主張の日にその所有権移転登記を経由して、売買代金百二十五万六百四十円の授受を終えたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。」と述べた上、

被告木村訴訟代理人は

「一、本件土地の売買については、第一に被告国(神戸営林署)-訴外高田養治-原告-被告木村の線による交渉と、第二に被告木村-兵庫県庁林務課木下信次-被告国(神戸営林署)の線による交渉とが、偶然に、しかも全く善意に併存していた。すなわち、昭和二十七年六月頃、被告木村が原告より本件土地について売却周旋の申出を受けた際、同被告は県農業会がその苗木、丸太などの置場に使用する土地を探しているとの原告の言を信じ、農業会に坪当り最低金三千円で売却すると云う条件で、前叙のような周旋の依頼をなした。ところが他方、昭和二十七年七月頃、被告木村の息、木村直が所用のため兵庫県庁に赴いた時、同庁林務課木下信次から「神戸営林署が土地を探しているが、君の家の土地を売らないか」と云われて、神戸営林署々長宛の右木下の紹介状を貰つたゝめ、被告木村に於てこの紹介状を持参の上、直接神戸営林署事業課長岡先孝実と売買の交渉を始めた。これは、上記のような原告の言明と、これに対する被告木村の依頼の趣旨からして、既に原告が同営林署と交渉中であることを全く知らずに、善意に開始された交渉である。そしてこのような結果を招来したのは、偏に原告が被告木村に対し不実を告げたことに由来するから、その不利益を原告が甘受すべきは条理上当然である。現行宅地建物取引業法にあつては、周旋業者が依頼者に対し、重要な事項について故意に事実を告げず、または不実を告げる行為を禁止し、これに違反した者には体刑乃至罰金刑を科することにしているのも、宜なるかなである。

しかして、第一の経路による交渉については、被告木村に於て、原告が(1) 売却先に関して虚言を弄し、依頼の趣旨に反して神戸営林署に話を持つて行つていること、(2) その最低値を坪当り金三千円と明言しているのに拘らず、無断で金二千八百円の値段を以て売却の交渉をしていること、(3) 売却の委任状を要求して来たことなど、原告の数々の不信行為を見たので、これを理由に昭和二十七年七月頃神戸営林署で偶々原告に出会つた折、前記仲介斡旋の委任を解除した。そもそも委任は高度の信頼関係を基調とするものであるから、民法上自由に解除し得るのを原則とし、また仮令、本件の委任が受任者の利益のためのものであるとしても、原告の前叙のような挙動は委任者である被告木村に対し、極度の不安を抱かせるに十分であるから、かような不信行為を理由とする被告木村の即時解除は有効と云わねばならない。(不動産取引業者の間の慣習としても、周旋の委任は自由に即時解除をすることができるとされる。)そして、買主たる被告国(神戸営林署)に於ても、被告木村と原告との紛争に因つて原告えの信頼を失い、これを理由として、その頃原告との委任関係を有効に解除しているから、茲に原告と被告両名との間の第一経路による交渉は全く終了した。かくては、被告両名で直接交渉を持つ以外には道がない。これも偏に、原告の叙上不信行為に基因し、また被告木村からすれば被告国の態度にも基くのであるから結局、被告木村の責に帰すべき事情は少しも存在しない。

かくて、開かれるべきであつた第二の経路による被告両名間の直接取引も、被告木村としては、原告に対する徳義的な遠慮と、被告国の曖昧な態度のため、昭和二十七年八月末頃にこれを打切り、被告国も一応本件土地を断念して全く白紙の状態に還された。尤も、被告国に於ては右白紙還元後も他の土地を物色し、原告もこれに協力していた様子であるが、かゝる事情は被告木村の関知しないところである。しかして、被告国は種々物色の末、本件土地に若かずとして、昭和二十七年十二月初被告木村に対し直接本件土地の買受方を申し越して来たので、新に被告両名間で売買値段その他の条件を協議した上、取引を終えた。これは、前叙のような経緯からして、固より善意になされた正当なる取引である。なお、その頃原告は被告木村に対し、委任の解除以来六ケ月にも亘つて何の音沙汰もなく且つ後述のように、宅地建物取引業法所定の登録もしないで、営業として売買の周旋が出来ない状態を自ら作出していたのみならず、却つて、他の土地を被告国に紹介して、本件土地の売却を困難ならしめ、または妨害していた。されば、本件土地の売買契約は、原告の仲介斡旋により成立したものではなく、またかく看做さるべきでもないのであつて、従つて、原告は右取引について報酬を請求し得る筋合ではない。

二、原告は本件取引当時、宅地建物などの売買仲介を業とする商人ではない。すなわち、前記のように原告が、昭和二十七年六月頃被告木村方に来て、被告木村所有の土地売却の周旋を申し出た時、原告が提示した名剌に不動産の周旋業者であることを表示していないのは勿論(業者であれば、名剌にその旨明示するのが通常である)、口頭でも右業者であることを明告せず、且つ当時原告は店舗のみならず、商号を有たず、全然商人たるの外観を備えず、周旋業者としての事業税も納付していない。これは、原告が営業として不動産取引を周旋する意思がなかつたからであり、本件媒介行為も単に非営業行為として、民事仲立行為をなしたと云うべきである。このことは、昭和二十七年八月宅地建物取引業法が施行されて業者の登録制度が設けられ、無登録業者には懲役三年以下、若しくは金三十万円以下の罰金またはその併科がなされることになつても、依然として原告が、その登録をしていないことに鑑みても亦明らかである。凡そ、商人たる資格の発生には、商行為をなす意思を外部に発表することを要するが(大正十四年二月十日大審院判決)、取締法規に強制登録制度が定められた場合に、登録自体が商人性を決定する唯一のものではないにせよ、前記の如く、重い体刑若しくは罰金刑を以て業者たるものに登録を強制して居り、しかも登録をなすことが極めて容易であるからには、他に特別の事情でもない限り、登録をしない者は宅地建物取引の仲介を業としてなす意思がないと云はざるを得ぬし、登録こそ、商行為をなす意思を外部に発表することそのものと解すべきである。ところで、原告が登録したのが昭和二十七年十二月二十七日であることは明白であるから(乙第二号証)、この時以降、初めて原告は商人たるの資格を取得したのである。

仮に、最初原告が業者であつたとしても、宅地建物取引業法附則第二号に依り、登録の無い者は昭和二十七年八月一日から六十日間に限つて周旋業者と看做されるのみであり、そして、何人も容易にできる登録を避けて刑事制裁を甘受する意思を有すると解すべきではないから、右六十日を経過した以後は、営業意思を抛棄していると考えるべきである。(商人たるの資格取得について、意思実現行為を標準とすべきだとしても、その反面、濫に意思実現行為としての刑事犯罪を推定すべきではない。)

従つて、何れにせよ、昭和二十七年十二月二十五日に完結した本件取引は商人としての原告の仲介により成立したものでもなければかように看做さるべきものでもなく、商慣習及び商法の適用を前提とする原告の主張は当を得ない。

三、原告の主張する商慣習の存在は、これを否定する。詳言すれば、

(1)  取引高の百分の五を報酬額とすると云う商慣習は存しない。なるほど宅地建物取引業法第十七条第一項に基く告示には報酬の率を年五分と定められているけれども、さらに同条第二項には、「前項の額をこえて報酬を受けてはならない。」と定めて居るのに徴すれば、報酬の最高限度額を定めたものであることは明らかである。のみならず、同法第十八条に於て、業者が不当に高額の報酬を要求するのを禁じていることから見ても、告示の限度内に於て、なお不当に高額の報酬が存在することを予定していると云える。蓋し、この法律は、その立法趣旨が悪質な業者の取締に在り、従つて、報酬についても最高限度額を規定すれば足りるのであつて、この事実は、裏を返せば商慣習に迄高められた報酬率のなかつたと言う明瞭な証左である。取引の実情から云つても、取引業者が一応の標準として五分の割合を提唱することはあつても、それは飽く迄も一応の基準に過ぎず、所詮は、売買交渉の難易、売主並に買主の価額に対する意嚮に伴つて、その都度、合意に依つて仲介手数料を取定め、または免除するのが通例である。

(2)  周旋業者は、単に売買交渉の過程に関与した事実が有れば足り若しも売買当事者が、その途中に於て業者を除外し、直接に契約を締結した場合にも、規定の報酬を請求できると云うが如き慣行は、仮に存在するとしても、極めて例外的である。そして、その適用は(イ)業者の紹介により、初めて互に取引意思の有することを知り合つた者の間であること、(ロ)売買周旋の委任契約が有効に存続している場合か、または、取引当事者が報酬金の免除を不当に図る目的で権利を濫用し、委任を解除したため、右委任契約が存続すると同視されるような場合、に限ることは、条理上当然である。然るに、本件取引に於ては、右の二要件が欠缺していることは、前顕第一項に述べた通りである。

(3)  若し原告の主張するような慣行が存在するにせよ、本件取引の成立当時、原告が業者として法律上の取扱いを受け得ないことは、前示第二項に既述の通りである。すなわち、原告は報酬を請求することができない状態に在り、また右慣行の適用を受け得る余地がない。これは恰も、訴訟事件について当事者同志が勝手に和解した場合、弁護士はこれを勝訴と看做して報酬金の請求ができるとの慣習があるとしても、自ら弁護士の資格を喪えば、右資格喪失の期間中に当事者が擅になした和解に対しては、その報酬金を請求し得ないと解されるのと同断である。

四、以上の主張が何れも認められないとしても、原告と被告木村との間には和解が成立したから、互に債権債務の関係を有しない。すなわち、原告は昭和二十八年二月頃、被告木村に対して本件取引の報酬金を請求に来たので、被告木村に於てこれを拒むと、「自分は若い頃運送屋をして高木組と称し、現在でも昔の仲間を知つている」などと嫌味を云うため、被告木村は已むなく金三千円を支払い今後綺麗な仕事をなすように申向けて、同被告所有の葺合所在の土地につき、その売却周旋の依頼をした。すると、原告は被告木村の右申入れを受諾し、異議なく金員を受領した上、前記葺合の土地周旋にも乗り出したもので、この時、本件取引の報酬金に関しては、原告と被告木村との間に、和解による解決をみたのである。

以上の次第で、何れにしても原告の請求には応じられない。」と述べ、

被告国指定代理人は、

「一、昭和二十七年六月頃、被告国(神戸営林署)は事業の執行のために貯炭庫敷地を必要としていたので、神戸営林署事業課長岡先孝実が、偶々同営林署に出入りしている木炭商の訴外高田養治に対し、若し適当な土地があれば紹介して欲しいと依頼をした。やがて右高田からの連絡により、その案内の下に岡先が土地を見に行つたところ、高田は同人に附添つている原告を岡先に紹介したので、爾後引続き原告の斡旋を依頼し、その案内を受けた。ところが他方、被告木村がその後兵庫県庁林務課の木下信次の紹介状を持参して、岡先に対し自己所有の土地を買取つて欲しい旨申し出た。そこで、岡先が同被告と話し合つてみると、右土地はさきに原告から紹介を受けた本件土地であることが判明したので、岡先は被告木村と直接折衝したところ、売買契約成立の見通しは得られたが、その価格の点で結論に達しなかつた。ところで被告木村との二回目の交渉の際恰度原告が来合せたので両者の話を聞いた結果、原告は被告木村より本件土地を、兵庫県農業会に売却することについてのみ依頼されたもので、一般的に売り出すことを委せられたのではないこと、並に被告木村が坪当り金三千円以下では売れぬと申し渡してあるのに原告は神戸営林署に対し、坪当り金二千八百円として申し入れていることなどが明白になつた。よつて、被告木村は、原告のかかる不信行為を指摘して原告との間の土地周旋に関する委任契約を解除したので、被告国としても原告の言を信じ得ず、爾後本件土地についての斡旋を拒絶する旨原告に申し向け、専らその交渉は仲介を排して、被告木村と直接進めることゝした。しかして、その後の右交渉は依然価格の点で折合はず、一時打切られたけれども、他に適当な土地が見当らないため、已むなく、昭和二十七年十二月初め再開せられ、数回に亘る折衝を経た末、本件取引が成立した。これは固より、原告の仲介によるものではない。

二、昭和二十七年八月一日より宅地建物取引業法が施行され、宅地建物の取引を業とする者に対し登録を実施し、他方無登録業者については罰則を設けるとともに(同法第二十四条第二号)、宅地建物取引業の禁止を規定したが(同法第十二条)、たゞ経過的に同法附則第二号により、右法律施行の際、現に取引業を営んでいる者は同法施行の日から起算して六十日に限り無登録営業を許し、また右期間内に登録申請をした者に、申請に対する処分の日まで同様営業することを認めた。してみると、仮に原告が同法施行の当時不動産取引業を営んでいたとしても、原告が登録を申請したのは前記附則第二号の期間を五十日余も経過した昭和二十七年十二月二十三日であり、登録を受け得たのが同月二十七日であるから、右附則の所定期間経過により、原告は宅地建物取引業者としての資格を失つたのである。

そして、被告木村と被告国との間に本件土地の売買契約が成立したのは、原告が前叙のように資格を失い、新たに登録業者となるまでの期間中である昭和二十七年十二月二十五日であるから、右取引の成立当時に於て、原告は宅地建物取引業法による業者ではない。さらに、同法は無登録で取引業を営み且つ報酬を受けることを禁止しているから、原告は本件取引の手数料につき、その請求をなし得ぬと云わねばならない。尤も、宅地建物取引業者としての資格喪失後も、右資格を保有していた当時既に発生した報酬請求権を行使することだけは、許されるのではないかと考える余地もあろうが、本件報酬請求権は前記契約成立の時初めて発生したのであるから、その頃無登録業者として取引関係から排除されていた原告は、矢張り報酬請求権を持たないと言はざるを得ない。

三、以上の主張が認められないとしても、叙上のように、岡先が高田より原告の紹介を受けた際、右岡先は、原告が所謂周旋業者であることを知り、その場で原告に対し、仮令同人の仲介によつて土地の売買が成立しても、被告国(神戸営林署)は仲介手数料を支払えないがそれでも良いかと質したところ、原告は、官庁からはそのような金が出ないことを承知している故、手数料を貰う意思はないたゞ契約成立の場合、売主から周旋料を出して貰えるよう話して呉れゝば結構だと答えた。この折、岡先の申出に対して原告が異議を述べれば、岡先は直ちに原告の土地斡旋を拒絶したのであるが、原告がこの申出を承諾したので、引続き仲介を依頼した。従つて、茲に原告と被告国との間には売買仲介の報酬金は買受人である被告国に対して請求しないとの特約が結ばれたのである。

従つて、何れにせよ原告の本訴請求は失当である。」と述べた。〈立証省略〉

理由

被告木村が、同被告の所有していた本件土地売却方の斡旋を原告に委託したこと、被告国(神戸営林署)が貯炭庫敷地用の土地について、その買入れの周旋を原告に依頼したこと及び被告木村と被告国との間に、昭和二十七年十二月二十五日本件土地の売買契約が成立したことは当事者間に争がない。

被告木村並に被告国は、原告に対する叙上の委任関係は、その後原告の不信行為に因り、被告両者に依つて夫々解除せられ、従つてまた、前記売買契約の成立は、原告の仲介を排して、被告両者直接の取引に基くと主張する。しかして、証人辻口春夫、高田養治、木下信次、辻八郎、岡先孝実の各証言(但し後叙措信しない部分を除く)並に原告及び被告木村各本人尋問の結果(但し後叙措信しない部分を除く)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、被告国(神戸営林署)は従前から、その経営合理化のために貯炭庫敷地用として、神戸市内の交通便利な個所に、三百坪乃至四百坪の土地を探していたが、昭和二十七年五月頃、当時の同営林署事業課長岡先孝実が、偶々営林署に出入りの薪炭商高田養治に対して、適当な土地が有つたら報せて呉れと依頼したところ、右高田は予て知合いの、不動産取引の仲介を業とする原告に連絡し、然るべき土地を薦めさせた。原告は高田からの連絡に従い、以前より被告木村がその所有する本件土地を売却する意思のあることを聞知していたので、早速同被告方を訪れ、その売却の周旋をさせて欲しいと申し出たところ、被告木村も原告が所謂周旋業者であるのを察知しながら、右申込みを容れ、結局、本件土地を被告国(神戸営林署)に、坪当り、金二千八百円見当(被告木村は初め坪三千円を希望したが原告の意見を容れて右のように落付いた)で売却する条件の下に前叙の通り原告に対し売却周旋の委託をなした。そこで、原告は本件土地の外にも数ケ所を候補地に挙げて、高田と一緒に、岡先ら神戸営林署員を案内して順次検分せしめたが、かくする中、高田は自己の薪炭営業も多忙のこととて、岡先に原告を紹介すると共に、土地案内の労から身を引いたため、茲に、岡先も原告が土地周旋業者であることを承知しながら、前叙の通り、爾後に於ける土地購入方の仲介を原告に依頼した。ところが右のように原告が岡先等を現地に案内して検分せしめた際、これを知つた被告木村の息子木村直は昭和二十七年七月頃兵庫県庁林務部勤務の木下信次と面識を有することから、同人に依頼して、既に原告により売買の相手方となつている神戸営林署々長宛の紹介状を貰い、被告木村がこの紹介状を持参して同営林署に赴き、岡先に面談して、直接本件土地の売込みを始め、岡先も本件土地がさきに原告から紹介を受けている土地の一ケ所であることを知りながらも、右申入れに応じたため、被告木村と被告国(神戸営林署)との間には、原告を除外した新たな交渉が持たれるに至つた。そして、右直接の交渉も値段の点で早急に折合はなかつたので、程なくその点の折衝について、被告木村が再び営林署を訪れた際、恰も同所に来合せた原告と出遭うに及んだため、仲介人を差置いて直接の交渉を始めている被告木村の態度を、原告が詰つたことから、遂に原告と被告木村との間には紛争を生じて、その場で同被告が原告に対し、本件土地売却の周旋についてその委任契約を解除する旨の意思表示をなした。他方、被告国(神戸営林署)に於ても、岡先が原告と被告木村との諍を目撃したことが因となつて、本件土地に関する限りは、同様に原告の仲介委託を拒絶するとの意思表示をなし、被告木村と直接に話合いを進めたため、爾後の交渉は、たゞ被告両者間に、原告を除外して続けられるようになつた。けれども、その後も被告両者は相変らず売買価額の点で妥協が得られず、被告国(神戸営林署)も、昭和二十七年八月頃には専ら原告より紹介を受ける他の土地に食指を動かし、本件土地に関する折衝は一時休止のような形態となつたが、所詮、他に適当な土地も見当らず、また予算面での融通も得られたため、昭和二十七年十二月初め、被告両名の交渉は再び具体化され、ようやく、直接の取引に依り、前記売買契約の成立を見た。このように認められる。証人木下信次の証言並に原告及び被告木村本人尋問の結果中、右認定に反する部分は夫々他の証拠に照してみて真実を伝えるものとは認め難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、委任契約は個人的な信頼関係を基礎とし、特段の事情のない限り、各当事者は、何時でも理由を示すことなく、その解約の告知がなし得るのであるから、その委任事務の処理につき、受任者だけが主として利益を有し、委任者の解約権が排除されるような事情の認められない本件に於て、被告両者のなした前叙解除は固より有効である。よつて進んで、かくして途中で除外された原告が、なお被告両者に対して、報酬を請求できるかについて、考えてみる。

前段認定の事実に徴すれば、原告は叙上仲介斡旋をなした当時宅地建物の仲介業者であつたのであるから仮令被告木村並に被告国(神戸営林署)が原告からそのことを明示されなかつたにせよ、客観的に商人であつた以上(被告両者は同人が業者であることを仲介依頼の当時充分覚知していた本件に於てはなお更のこと)被告双方から排斥されるに至るまで、原告が委託事務の処理としてなした仲介斡旋は、同人が商人として、営業の範囲内でなした行為と云わねばならない。(後述のように、右仲介は宅地建物取引業法の施行以前のものであるから、同法所定の登録の有無は、上記判断については、未だ考慮の限りではない。)そして、鑑定証人南道之助の証言並に原告本人尋問の結果によれば、宅地建物の取引業者が、その営業の範囲内に於て、売買の周旋を委託され、その委託事務の処理として売買の相手方を誘引し、以て売買成立の機縁を作れば、若しその後に至つて、業者に別段の不信行為も無いのに拘らず、右売買の当事者がこれを排除して直接の交渉を始め、取引を成立せしめた場合にも、契約成立と云う結果が齎らされている以上、売買当事者から、自己が終始取引の完結まで関与したのと同様の報酬額を請求し得ることが、業者一般の慣行となつている事実が認められる。そうすると、このような慣行は、労力や費用を掛けて、売買成立の要点とも云うべき相手方の選定取次をなし、以て端緒を作り上げながら敢て結末に於て回避された取引業者の立場を斟酌する時、取引上の信義則に照しても、まさに相当と解されるから、本件に於ても、原告には何等特段の不信行為と目すべきものはないこと前記認定の通りであるからには、契約の成立と云う結果に対して、被告木村と被告国とは、原告が取引完了に至るまで終始斡旋したのと同様の報酬金を、同人に支払う義務を負うと云わねばならない。

もつとも、宅地建物取引業法(昭和二十七年法律第一六七号)によつて、宅地建物の取引業者に登録が実施され、無登録者には取引業を禁じ(同法第十二条)、且つ三年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金またはこれを併科する(同法第二十四条第二号)ことになつたが、たゞ経過的に、同法附則第二号に依り、同法施行(昭和二十七年八月一日施行)の際、現に宅地建物取引業を営んでいる者については、同法施行の日から起算して六十日に限り、登録を受けないでも宅地建物取引業者とみなし、また、右期間内に登録を申請した者は、その後右六十日間を経過しても、申請に対する処分の日まで、同様取引業者とみなしている。そして、公文書として真正に成立したと認められる乙第一、二号証並に原告本人尋問の結果によれば、原告が宅地建物取引業法所定の登録を申請したのは、昭和二十七年十二月二十三日であり、登録が認可されたのは同月二十七日であることが認められるから、前述の同法附則第二号に比照する時原告は、同法施行の日から起算した六十日の経過に伴い、宅地建物取引業者としての資格を失い、昭和二十七年十二月二十七日に至つて、再びその資格を得たと解され、本件契約の成立した昭和二十七年十二月二十五日当時には、固より、宅地建物取引業法に所謂業者ではないことになる。しかし、原告が本件について、仲介斡旋をなしたのが昭和二十七年七月まで(同法施行以前)であり、これが、原告に於て適法に取引業者としての資格を以てなした、営業の範囲内の行為であることは前叙の通りであつて、しかも、商人がその営業の範囲内で他人の為に或行為をなす時は、当然相当の報酬を請求できる(商法第五百十二条)ことを併せ考えれば、前段認定のように、原告が、被告両者間に契約成立と云う結果が生じたら、初めて報酬を請求し得ると云うことは、単に、既に為された営業行為の結果を俟つことを意味するものに他ならない。(商法第五百五十条、第五百四十六条の規定は、他人間の商行為の媒介に関する規定であるのみならず本件のように、仲介業者が実行せずして実行したと同様の地位に立つて報酬を請求しうる慣行のある場合には、その儘適用がないと解すべきである。)そうすると、契約成立の日である昭和二十七年十二月二十五日に、原告が取引業者としての資格を失つているとしても、既にそれまでに原告のなした仲介行為の報酬請求権の成立を妨げるものではないと解すべきである。蓋し、宅地建物取引業法が禁止しているのは、登録の無い者が宅地建物の取引業を営むこと自体であり、従つて、既に適法になされた営業上の行為の対価としての報酬請求権の発効が当該行為の結果である被仲介者間の契約の成立という事実にかゝるに過ぎないような場合までも同法が禁止している趣旨とは解されないからである。

次に、被告木村は、原告と被告木村との間には、昭和二十八年二月頃、金三千円を授受することにより和解が成立したと主張する。そして、右金三千円を、原告が被告木村より受領していることは、原告の自認するところであり、また、この点に関する被告木村本人尋問の結果中には、右主張にそう部分もあるが、これは後叙各証拠に照してみて、容易に信用できないし、他に右事実を確認するに足る証拠はない許りか、却つて、証人岡先孝実の証言並に原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件契約が成立しても、被告双方から何等の報酬金も受けられないため、幾度も双方に足を運ぶ中、岡先の助言の下に、ようやく被告木村に於て原告に対して金三千円を交付し、これを以て報酬金の総てゞあると申し向けたが、原告は決してこれに満足せず、単に一時的に預るに過ぎないと明言して受領したことが認められる。従つて、前記被告木村の主張は採用に由がない。

また、被告国は、原告と被告国(神戸営林署)との間には、本件について、仮に原告の仲介に基いて、売買が成立しても、原告から被告国に対しては、その報酬金を請求しない旨特約がなされていると主張する。しかして、証人岡先孝実、辻口春夫の各証言中には、これにそう部分もあるが、これも後記各証拠に対比して真実を伝えるものとは認め難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。却つて、証人岡先孝実、辻口春夫、高田養治の各証言(但し前叙措信しない部分を除く)並に原告本人尋問の結果を綜合すれば、被告国(神戸営林署)は、本件取引について、従来の慣例から、当初営林署に出入りの薪炭商高田などに依頼し、同人等の好意的な斡旋を受ける考えであつた経緯上、偶々、その後に干与するようになつた原告に対しても、仮にその仲介により契約が成立したとしても、相手方たる売渡人に報酬を支払はせることゝし、被告国(神戸営林署)としての手数料支払いまで考慮していなかつたので、原告に対してもその意嚮を洩し、原告も又被告木村に営林署の分をも負担するよう配慮して呉れるならそれでもよいと考えた結果、被告国が被告木村において自己の分を負担して呉れると否とに拘らず全く報酬を負担しないという明確なる意思の合致もない儘に、経過して来たことが認められる。そうして被告木村をして自己の支払うべき報酬金を負担せしめる何等かの方法を講じたことを認めえない本件においては、国といえども叙上のように私法上の委任をした以上、一般私人と同様前記慣行に従い、不動産仲介業者たる原告に対し仲介手数料を支払うことを要すると解すべきであるから、被告国の前記主張も亦、理由がないと云わねばならぬ。

そこで、原告が被告両者から受けるべき相当の報酬額について考察する。前叙のように、原告の有する本件報酬請求権の発生は、宅地建物取引業法施行前であるが、鑑定証人南道之助の証言並に原告本人尋問の結果によれば、同法の施行前に於ても、宅地建物の取引業者が、宅地建物の売買仲介を委託されて、右売買を成立せしめた場合には、売買当事者双方から、普通夫々取引額の百分の五の報酬を受け得ることが、右業者間一般の慣行とされていた事実を認めることができる。しかして本件契約の代金が金百二十五万六百四十円であることは当事者間に争がない。よつて原告が、被告両者から夫々受けるべき報酬額は、金六万二千五百三十二円であることは計数上明らかであるところ、被告木村は原告に対し、金三千円を弁済していることは原告の自認するところであるからこれを差引いた残額を、被告国は原告に対し、右金額を夫々支払はねばならない。

よつて、原告が、被告木村に対し金五万九千五百円及びこれに対する同被告に本件訴状が送達された翌日であること記録上明白な、昭和二十八年六月二十七日から、被告国に対しては、金六万二千五百円及びこれに対する同被告に本件訴状が送達された翌日であること記録上明白な昭和二十八年六月二十五日から、夫々支払ずみに至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、すべて正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 朝田孝 中田四郎)

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